倒れる時も前のめりに

「黒いインクが印刷された、物理的な紙の束を店頭に並べて販売し、それと引き換えに顧客から、代金を受け取る流通業」というような定義しか出来ないようでは、21世紀の前半のうちに、「書店・本屋」という商売自体が消えてゆくだろう。それは書店の店主や店員さんの一人ひとりが「勤勉」だとか、「怠惰」だとか、「保守的」だとか、そういう次元とは関係のない、ある種の「自然現象」のように進んでいってしまう、と私は思っている。丁度、ロウソクが消え、馬車が消えていったように・・・。

私が思うに「書店・本屋」という業界が21世紀初頭における、もろもろの外部状況を考慮に入れて、その業態と存在価値を再定義すれば、「最先端の文化・教養に対し、単なる「情報」のみに留まらないヒトおよびコトも含めて、新鮮な驚きを持って出会える偶然性(いわゆるセレンディピティと言ってもよい)を提供すること」になるべきではないだろうか。

(略)

つまり、21世紀の書店は「情報」を売ってはいけない。いわんや「紙の束」としての本を売るつもりでもいけない。これからの書店は、(自分の狭い興味範囲を超えた)情報との「出合い方」や、自分に必要な情報をもった人物と出会える「機会・文脈」を売っていく気構えを持つべきである。これは、平たくいうと、書店ではなく「知のスポーツクラブ」とでも銘打つべき業態だろうか。月会費制でのインテリ・ホワイトカラー向けのサロン業、つまり、レンタルオフィスやいわゆるサードプレイスの提供(高級自習室の提供)、会員相互のテーマごとのセミナー活動や、トークイベント、カルチャーイベントの開催などまでも手がけていくくらいに覚悟でないと、私が死ぬころには(寿命を全うできるとすればw 21世紀半ばか?)跡形もなく消えているかもしれない。

しかるに、この(自分の狭い興味範囲を超えた)情報との「出合い方」や、自分に必要な情報をもった人物と出会える「機会・文脈」を提供する機能というのは、本来的には、大学のような教育機関の仕事でもある。今や、大学も書店も、その本来的な使命、提供価値(社会人教育のインフラたるべし)において差異がないのだから、境界線が消えていくのだろう。特に都心の大型書店には、圧倒的な知名度、特に場所としての認知度、好立地などの優位性があるのだから、早めに上記のような業態転換にぜひ、取り組んでしてもらいたい。

I…dear

TABLOG:台北・Eslite 誠品書店に「書店」が進むべき未来を見た。 - livedoor Blog(ブログ) (via snowlight)

マッチングサービス、本ソムリエみたいなもんか

(via bgnori)

petapeta:

20 оригинальных фотографий — Интересное — Релакс!
「アンチウイルスソフト」を「ウイルスソフト」と略す奴は積極的に殺していく。
darylfranz:

The Cats Of Instagram @catsofinstagram | Websta

本川:僕はこの国語部会で、こう提案しました。

 「みんなが作家になるわけじゃないんだから、全員が名文を書かなくてもいいじゃないですか。むしろ、読む側に誤解を与えない、すっきりした論理の通った文章、よくできた理系のリポートみたいな文章の書き方を教えた方が、実践的でいいんじゃないですか」と。

池上:いきなり切り込んだんですね。で、どうなりました?

文学至上主義で使えない国語

本川:こんな反応が返ってきました。

「理科の文章は理科の時間に教えてもらわないと。国語の教師では対応できません」

 それではと理科の部会に行って、理科の教師に文章の書き方を生徒に教えてくれと言えば、それは国語でやってくれ、と言われるでしょうね。

 結局、「そっけないが明晰で論理的で、わかりやすい文章の書き方」は、どちらの教科書にも載らない、つまり、誰も教えない。

池上:だから、長じて文章の書き方に不安を覚えた理系の人たちが、木下是雄さんの『理科系の作文技術』(中公新書)を購入して、この本がベストセラーになるんですね(笑)。

アメリカの本屋では、なぜソファなどに座って売り物である本を読むことが普通とされているのか

アメリカの大手の本屋では、カフェが隣接していて本をもってきて読むことができると聞きました。
しかも、本が少し汚れたりしても気にならないとか、、、。

なぜ、許されているのか気になります。
これは、アメリカの風習なのでしょうか?

日本でも、椅子が設置されている本屋はありますが、カフェがある本屋はそんな見かけないし、アメリカに比べると一般的ではない感じがします。

アメリカの風習に詳しい方、回答お願いいたします。

—————————————————-

あれは大型本屋が進出を始めたころからですが、私は嫌いです。
べとべとするマフィンを指をなめながら本を読んでいたり、コーヒーを飲みながら一冊くらい読んでしまう人もいます。
売り物の本が汚くなるようで、買うのをためらいます。
雑誌なんか、ものを食べながら読むので、とても売り物にならないくらい汚れます。

アメリカ人の客(いろんな人種がいるが)は、自分のものでない本を汚すことに平気で、読み終えた本を床やその辺に投げ捨てておく馬鹿もいて、本が好きな私は腹がたちます。

いま、大型本屋のBordersが倒産したけど、あそこもカフェで売り物の本を読んでいた者が多かったです。
こういう本屋で実物を見てから、安いオンラインで買う者が増えたのも本屋にとってよくないことです。
以前は古くからある地元の本屋がどんどん閉店したけれど、いまはこんな大型本屋が倒産しています。
カフェなんか設けて、客にサービスしすぎたせいもある、と私は思います。

人生において欲しいものを手に入れるには、手に入れたいと思うものを、 “与える側” にならなければなりません。
いつ来るかも分からない非常事態に備えることは、大変な負担となる。それでも備えていた者は、非常事態には助かる権利がある。一方、備えて
いなかった者は、死ぬ義務がある。
都合の悪いものは○す、弾圧、虐○するのが共産主義だもんなー
こんなもんだろ、共産党の支援者なんて

いま持っているものに、昔持っていたものを足し合わそうとしてはいけない。
今の自分と昔の自分、両方もつ権利はないのだ。

すべて持つことはできない。
禁じられている。
選ぶことを学べ。

一つ幸せなことがあればぜんぶ幸せ。
二つの幸せは無かったのと同じ。

現在の日本は、人を騙すような仕事をつくっていかないと、金を稼げない人が多くなっている。これは完全にヤバい状態だよ。社会システムの根本が間違っている。生活のために、仕事だから仕方ない、と言って、一般的な国民が気づかないうちに「人を騙す組織」に入ってしまっている現状がある。

Twitter / world420

Say Hello To Everybody 
Tumblr / Twitter

(via sayhellotoeverywords)

効能が医学的にほとんど証明されていないサプリの通販会社とか、その会社の通販サイトにSEOを行うIT企業とか……。

(via yukiminagawa)

ihaveacleverfandomurl:

biliouskaiju:

My new favorite gif set. 

fuck you guys I’m supposed to be sleeping I’m trying to muffle myself becasue my fucking breathing is giggles I’m going to die with my dfachje styufffed in this pillow dhos

I HOPE YOU’RE HAPPY FUCKING CATS

「2週間後、疫病発生が見込まれます。すみやかに疫病の予防作業に着手してください」。2013年6月、カルビーポテトは、約1100の契約農家の携帯電話やスマートフォン(スマホ)に、このような内容のメッセージを一斉配信した。

 疫病予測の元ネタは、道内の契約農家の畑に設置した「気象センサー」からのデータだ。太陽光パネルや降水量を測る筒状の容器からなる装置で、気温、湿度、降水量、日射量といったデータを10分おきに自動的に収集する。道内のじゃがいも生産地区3カ所に5台設置し、毎日720件のデータを吸い上げ、クラウド上で蓄積している。このデータを基に、専門機関「北海道病害虫防除所」が考案した疫病発生日を算出する数式モデルを使って、独自に予測する。

 この疫病予測情報は、じゃがいもを“我が子”のように手塩にかけて育てている契約農家からも、「よく当たる」と好評だ。

女性登用云々というニュースを見て、昔知り合いの女性から聞いた話を思いだした。定員6名の某委員会に呼ばれた際「女性の意見も取り入れたくて」と言われ「ならば最低3人は女性を入れて下さい。私は私の意見を言うのであって、女性全体の意見を言うつもりはありません」かっこいい。
Twitter / hiibuki (via chptr22)
 ―園田監督が暴力行為で辞任した。
 「驚きました。彼は93年ハミルトン世界選手権の金メダリストで、有名な人物でしたから。15人もの女子選手が訴えたのですから、私情による偽証などあり得ない、深刻な事態です。それを考えれば全柔連とJOCの動きは遅かったと言えます。日本社会によくあるスキャンダルを恐れての隠蔽もあったかもしれません」

 ―フランスで起きたら?
 「即、法廷行きです」

 ―あなたが世界王者になるまで体罰の経験は?
 「ありません。フランスに体罰はありません」

 ―武道に多少の体罰は必要という意見もある。
 「完全に間違っています。柔道は厳しい訓練を課す競技で打撃を受けます。レベルが上がるほど痛みは増す。他の暴力など必要ありません」

 ―現役時代、日本で体罰を見たことは?
 「一度だけ目撃しました。東京のある大学の練習で日本人選手と乱取り中に、コーチが竹刀で彼をたたいたのです。その選手は私を相手に少々苦戦していました。その彼の背中をたたいたのです。乱取り中にですよ」

 ―ひどい話ですね。
 「むちゃです! 私は乱取りをやめて、コーチをにらむことで抗議の意を示し、選手に礼をして畳を後にしました。『もう十分だ』と思いました。恒常的に行われているようでした」

 ―日本特有の問題?
 「相撲の稽古を見学したのですが、力士たちが竹刀で頭を殴られていた。殴って指導してもうまくいくはずがない!(机をドンとたたく)。日本も法によって体罰が禁止されているはずです。フランスの学校も棒でたたいたりしていましたが、第2次世界大戦と同時に終わったのです」

 ―全柔連に女性の理事がなく指導者も少ない。
 「フランスは全く反対。たくさんの女性指導者がいます。男女差はありません。柔道は進んでいるのです」

 ―フランスの柔道人口は日本をはるかに上回る。
 「柔道は教育としてとらえられている。嘉納治五郎は己を知り、礼節と尊敬と謙遜をもって他者を理解し共に生きることを教えるために創始した。フランスの母親が子供を柔道クラブに入れるのはこのためです。彼女たちはよく分かっています」